日記として残されていない日の日記

 

  24時間年中無休で生きているということについて、わたしを讃えるべきかそれともコンビニエンスストアを讃えるべきか。

  喪失の対価について考える4月、決して釣り合うことのない天秤を眺めては、心に空いた穴ということば、いつからわたしの中でこんなにもチープなことばになったのだろう、すでに遺体となった9月の上を快速列車が通過した。さあ、何両目に飛び込む?

 氷菓の棒と貧乏草で雀を弔った幼少期、あの立派な墓でわたしも眠りたいよ、なんて今頃になって言ったって、もう、とうの昔。

 穴は穴以外に用途が無くて、何かや誰かを受け入れることもできないまま、そこに、ここに、ある。あるよ、今も。

 こんなにも未来が眩しいなんて、思わなかったな。

 

 『日記というものは本来他人に見せるべきではないということを忘れるな』 を再開することにした。

 あれから少しだって大人になれたのなら、それでいいじゃないか。

 

 2018年 4月