風の話

 

2018年 5月12日(土)

 

ATMに寄っても下ろす金が無い。

毎秒、何かしらに幻滅している。

 

風が強い。風が強いと思い出すことがある。

 

 

わたしが中学一年生の頃、わたしの隣の席の男は、賢くて成績優秀だった。

今でもはっきり覚えていることがあって、それは小学五年生の頃、焼いて磨いた板に文字や模様を書く、という工作をしたときのことである。

彼は「◯◯高校に合格する」と煤けた板に白い絵の具で迷いなく書いた。これどうすんの、と聞いたら「リビングに飾る」と言った。

衝撃だった。その頃のわたしは、高校のことなど一秒も一瞬も考えたことがなかった。所属しているミニバス部の仲をいかに荒らしてやるか、ということだけを考えていた。そのくせ、わたしは板にピースマークを描いた。だいぶ気が狂っている。

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そしてその四年後、彼は見事に◯◯高校に合格した。県内屈指の進学校である。

比べるのも申し訳ないが、わたしなんかは高校受験の直前に折り紙にハマって『直立する小鳥』を量産していた(結果、偏差値2の高校へ進学した)というのに、賢い人間は先がよく見えている。わたしは両目とも視力が2.0ある。

ちなみに、今年1月の成人式の日の夜、0次会と称した謎の会で彼と謎の再会を果たしたのだが、彼はわたしに「なんか宇多田ヒカルっぽい」と謎の発言を残して去って行った。

 

話を戻すと、彼に事件が起きたのは理科の時間で、たしか天気図かなんかの授業だったと思う。

彼の後ろの席は、地元のサッカークラブに所属している「赤ちゃんのときに親の趣味で襟足だけめっちゃ長く伸ばしてただろ」っていう感じの男だった。

長襟足が前に座っている秀才の彼に向かって消しゴムのカスを投げる、という別に見なくても容易く想像できるような光景を視界の端で感じていた。鬱陶しい。

耐えかねた彼が「やめろよ」と長襟足に向かって言った。これもわざわざ見るほどのものではない。なるべく関わりたくないので机をちょっと離した。

長襟足が「イヒヒヒヒ」という馬鹿のテンプレみたいな笑い声を上げ、消しカス弾をさらに浴びせる。まだ幼稚園児のほうが賢い。襟足が本当に長かった頃に戻ってほしい。

「やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

うるさ。声でっか。さすがに先生も気がついて、板書していた手を止めた。長襟足が怒られて戦争は終わる。

はずだった。

今が理科の授業中であることが不幸中の幸いならぬベスト・オブ・不幸だった。

「ふたりとも立ちなさい」

理科の教師は、常識に欠けている部分があった。生徒からの人気は大きく二分した。よく「カルロス・トシキ」「君は1000%」「浜田省吾」とかのワードを黒板に書いていた。好きなテレビ番組はロンドンハーツとガキ使で、妻は家を出たきり帰ってこないらしい。痔持ち。

秀才の彼はまったく悪くない。たしかに、ちょっと大きな声で「やめろよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」とは言ったけれども、まったく悪くない。まったく悪くないのだが、なぜか今立たされている。

「先生が問題を出すので、先に正解した方が座れます」

先生は問題を出題する前に、まず生徒に話を聞いた方がいい。

しかし安心した。長襟足の脳みそサッカーボール馬鹿に答えられるはずがないのだ。お前は一生立ってろ!イヒヒヒヒ!

「では問題です。なぜ、風は吹くのでしょ〜うか」

吹くのでしょ〜うか。腹立つ言い方だな。

つか、理科の問題だったらまだ許容範囲だが、哲学の問題だったら怖すぎる。

…いや、がんばれ!君は賢いんだ!がんばれ!君はまったく悪くないのに立たされているのはちょっとウケるけど、君ならすぐに座れるよ!君のための問題だよ、さあ早く!手を挙げるんだ!

彼は熟考したのち、答えた。

「ぶ〜〜〜〜」

うぜえ。

「難しく考えすぎなんだよ。長襟足くん、答えをどうぞ」

「え〜、わかんねえよォ」

「わからないと言う前にまず考えろ」

突然まともなことを言うな。お前のせいでこんなに面倒なことになっているんだぞ。こいつが教師になれたのなら、もしかしたらわたしもなれるんじゃないのか?と思い、一時は進路希望に「教師になりたい」と書いたこともあるくらいだ。

長襟足がついに口を開く。

「え〜っと」

「え〜〜っと、地球が回ってるから」

「長襟足くん、正解〜」

長襟足が「まじ?やった〜、イヒヒヒヒ」と言いながら着席した。

これが彼の終戦だった。圧倒的敗北だった。

「君も座りなさい」

ヘラヘラした人間に消しカスを投げつけられた上にこんな恥をかかされるなんてことがあってたまるか。ちくしょう。

そのうち、彼は顔を真っ赤にして震えながら泣いた。声を殺して泣いた。「やめろよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」と対称的なその泣き声に胸が締め付けられた。授業が終わる頃には、息を荒げてシャープペンシルをめちゃくちゃカチカチさせていた。机をもうちょっと離した。わたしは彼を助けられなかったが、今思い出してもやっぱり関わりたくない。

こんなの、中学一年生で経験するレベルの理不尽ではないだろう。わたしが社会人一年目で経験した理不尽と大差ない。

 

この一件以来、風が吹くたびに「地球が回っている…」と感じる。今日も。

 

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