青森のニケ

 

2018年 5月31日(木)

 

雨が降った。

f:id:gmkss:20180531231855j:image

雷が鳴ると「わたし、雷に打たれたことあるんですよ」の話ができるからいい。外に出るのは怖い。

高校生のとき、電車を降りて駅から学校へ向かう途中だった。ドン・キホーテで買った、50円の青いビニール傘をさしていた。

すると、空一面が、なんてものじゃない、視界のすべてが「ビカッ」と光る。わたしは常々ストップウォッチで雷が光ってから落ちるまでの時間を計測しながら歩いているわけではないのでそう感じたというだけなのだが、ほぼ同時に「ドーン」と鳴った。その音はやはり、空から聞こえたというよりも、でんせつポケモンが現れたときのような、地鳴りに近いものだった。

そのとき傘をさしていたわたしの右手は、一瞬だけ青白く光った。コンビニの入り口などによくある、光に集まってきた虫を「ジッ」と殺すやつの「ジッ」というあの感触が右手を走り抜けた。「ジッ」というやつに触ったことはないが。

強い電気がわたしの右手を走り抜けて、気も力もぬけた。振り向くと、同じ制服の人たちが「キャー」「今のヤバかったね」「どこに落ちたんだろ?この辺だよね」などと大きな声を出している。ここだよ〜(ニヤ)

しかし、もちろん実際にはニヤニヤしている余裕などない。わたしのすぐ後ろにいたのは、話したことあるはずもない、上級生の女の人だった。気がつくとわたしは彼女に向かい「さっきの、見ました…?」と尋ねていた。彼女は「見ました…大丈夫ですか?」と心配してくださった。心配してくださったということは、やはりわたしに雷が落ちたようである。

放心かつ興奮というカオスを内に抱え、学校に到着するとすぐ、googleで『雷 打たれた 死ぬ』と検索した。こんな馬鹿馬鹿しい検索履歴を見られたら恥ずかしさのあまり死んでしまうが、わたしは本当に死んでしまうところだったのだ!検索履歴ごときでは死なない。

結果は意外なもので、死ぬ確率の方が低いとのことだった。あの瞬間に死にたかったわけではないが「へえ、わたしレアケースじゃないんだ」となんだかガッカリした。しかし、雷に打たれたこと自体が、すでに立派なレアケースである。身体は無事だったが、感覚が麻痺してしまっている。

この日、わたしはNIKEの靴底が厚めのゴムになっているスニーカーを履いていたのだが、たぶんこいつのおかげで命拾いしたのではないかと考えている。以来、毎日NIKEを履いている。かっこいいからではなく、雷に打たれても死なないためにNIKEを履いている。NIKEサイコー。

あと、右手で傘をさしていたのもよかった。左手だと、電気が心臓を通って死んでいたかもしれない。ちなみに、ドンキで傘を買うのはやめた。

「わたし、雷に打たれたことあるんですよ」

「…って言っても、誰にも信じてもらえないんですけど」

と話すようにしている。すると、皆「信じる、信じるよ〜」と、続きを聞きたがるのだ(ニヤ)

だから、雷のたびに、どんどん信じてくれる人が増えている。