将来の夢

 

2018年 6月3日(日)

 

気がつくともう6月3日の上に立たされている。柏餅が食べられなくなるので5月が終わってほしくない、という人がいた。わたしは、親友の誕生日以外は5月に特別な思い入れがないので、その日以外のわたしの5月をわけてあげたい気持ちだ。

 

きのう、久しぶりに夜更かしをしていて、なんとなく時計を見ると3時45分だった。もう窓の外は明るみ始めている。

横浜にいた頃、社員食堂の窓から見える「この先3km マクドナルド」の看板をずっと疑っていて、夜勤明けの朝に3km歩いてマクドナルドの所在を確かめに行ったときの明るさと同じだ、と思った。

「眩しくはないけれど、確かに明るいというささやかな希望を忘れずにいたい」と2年前の日記にある。今もそう思う。

 

卒業アルバムを幼稚園、小学校、中学校、高校と4冊持っているが、小学校のアルバムを開くことが多い。高校のものはもらって以来一度も開いていない。

小学校の卒業文集の係だった。思えば、昔からよくこういうことをやりたがっていて、中学校のときは広報委員会に所属していた。文化祭の壁新聞コンクールで優勝したことが今でも記憶に残っている。今もう一度やりたいくらいだ。

わたしは小学校の卒業文集に「将来の夢は新聞記者」と書いていた。小学生の頃は毎日新聞を読んでいた(毎日新聞ではなく、東奥日報)。テレビ欄しか見ない母と違って、広げて読んでいた。

将来、っていつのことを言っているんだろう。卒業文集には20歳の自分へ向けたメッセージが書かれていて「ちゃんと仕事してる?マダオ(まるでダメな女)になっちゃいけないよ」とあった。笑ってしまった。

わたしは今年21歳になった。ちゃんと仕事をしているとは言えないな。19歳の頃に就職したが体を壊し、今は実家暮らしで週4日程度アルバイトに行っている。泡を吹きながら正社員として働いて良い給料をもらうより、こちらの方がだいぶ性に合っている。もちろん、アルバイトだからといって全く責任を感じていないというわけではないけれども。とりあえず今の本屋の仕事はとても楽しい。

2018年の6月3日は、小学生のわたしから見れば立派な将来だろう。警告されていたのに、お酒は飲みたいしちゃんと仕事してないしまるでダメな女かもしれない、そもそも女という自覚も薄れているなんて、思ってもみなかっただろ。

新聞記者になりたい、という小学生の頃の夢がどうしても忘れられなくて、だけど今さら(という言葉は好きではないのだが)、そういう会社に就職するために大学に入り直して勉強するような金も頭も無い。無いから、それなら自分でどーにか作ってしまえばいいや、って近頃は思い始めている。会社は作れないが、文章は書けるだろ。

将来の夢はなんかのポイントカードみたいに自動更新されていって、半永久的に続いていく。いつか叶えたいぜ。

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↑バイト先に媚を売るために作ったチラシのようなもの