2018年7月26日(木)

 

嵐でも、竜巻でも。なんでも、かまいません。なんでも、来てしまえばよいと考えています。わたしには、まるっきり関係のないところです。それでも、天気の具合を気にしていますのは、わたしにもまだ、意識のある証拠であります。認めたくはありませんけれども、そうなのです。

今朝、濡れた洗濯物に囲まれていたら、どんどん蒸し暑くなってまいりましたので、広いところへ移って、新聞を読みました。テレビは、いやです。うちに誰もいないときは、いつも、そうです。

西のほうで、ひどい雨が降ったかと思えば、こんどは、日照りが続いているらしく、わたしの住むほうでは、例年と変わらぬくらいの、気候ですので、信じられない思いがしていますけれども、それでもどうやら、西のほうは、大変なようです。新聞に、そう書いてありますもの。

むかし、東京で、花火を見たことがあります。木々の間に、青や赤や緑の光のようなものが、少し見えるだけでしたけれども、花火を見たことがあります。あの花火が、一番、うつくしいと、今でも思っております。未完の、花火でありました。

わたしは、今、北の家にいます。どんなに、うつくしく、大きくとも、あの花火は見えません。憎い思いがします。夏のたびに、あの花火が、更新されなければよいと、願ってしまいます。わたしはもう、北に心を決めた者であるはずなのに。